南インド6日間ひとり旅(1) ~ 南インドの人々の笑顔と温かさに包まれた感動の旅・旅の始まりから

月曜日の朝、6時15分にスマフォのアラームをかけておいたのだけれど、鳴る 10分前の 6時を回った頃、ぱっと目が覚めました。あぁーぐっすり、すごくよく寝た。

 

1週間ぶりに家のベッドで寝て、やっぱり自宅は最高のお城だなと思いました。

 

先週 1週間、ひとりで南インドを旅してきました。

 

インドの食べ物や文化が好きだと自分自身でインド好きと認識するようになって、たぶん 10年ぐらい。その興味と好きは年々深度と加速度を増して今も進行中。シンガポールで食べられる南インドの食べ物が美味しくて大好きになり、最初の数年はほとんどが南インド料理、食べ物に関する興味だけだったのが、それが入口となって、間口がどんどん広がり、インドの文化、インドの人、歴史、地理、宗教…とインドに関することに幅広く興味と関心を持つようになりました。

 

今ではヒンドゥー教への関心がいちばん強くなり、単なる関心や興味といった域ではなく、信仰、ヒンドゥー教の神秘的、精神的な学びを深め、宗教的な精神面での探求をしたい気持ちがいちばん強くて、ヒンドゥー教の神様も信仰しています。あっ、わたしは仏教徒ですけれどね。

 

シンガポール人の約 9%を占めるインド系シンガポール人の大多数のルーツは、インド南部タミルナドゥ州のタミル人。

 

■ インド系シンガポール人の民族別割合

タミル 54%
マラヤリ 8%
パンジャビ 5%
その他になると 1%台
その他、多数の少数派民族がそれぞれ混ざり合って合計 29%

*  数字はおおまかに記載しているので、ざっくりこんな感じです。

参照元 : Indian Singaporeans, Wikipedia

 

と、シンガポールのインド文化は、圧倒的に南インドのタミル文化。タミル語はシンガポールの公用語の 1つでもあります。

 

だから、シンガポールのリトルインディアには北インド料理を出すインド料理屋さんも数多くありますが、シンガポールのインドと言ったら「南インド」。食べ物も南インド、当然ながら文化も南インド。シンガポールでインドに関して触れれば触れるほど、理解が深まるのは南インドのことであり、自然と北よりも南インドが好きになりました。

 

南インドが好きというよりは、私の尽きない関心はシンガポールに関する理解を深めること。南インドへの探求が、インド系シンガポール人の理解を深め、彼らのルーツ、様々な背景について理解を深めることで、シンガポール全体への理解度をさらに深めることに繋がっているから。

 

ずっとずっと、シンガポールのリトルインディアで探求を深めてきましたが、いつか本場の南インドに行きたいな… この数年はずっとずっとそう思っていました。でもインドは家族で旅するには向いていないし、何しろ夫と娘はインドにまったく興味ないどころか、行きたくもない。1人で行くしかないし、1人で行くほうが楽しめる…ことは分かっていました。

 

夫に家のこと、娘のことをお願いして、1人で旅に出るのはそう簡単なことではなく、時間もかかり、良い時期に熟すまで何年も待ちました。

 

娘は今年から中学校高学年になり、今年は南インドへ行ってみよう、行動に移して実現しよう、うん、行ける、行く、と決めました。何年も前から、インドに行くなら 1人で行ってと夫はそう言っていたものの、実際に 1人で行きたいと具体的に話すと、最初はものすごい反対して、行ってはダメだと言いました。夫の OK が出るまで時間がかかったし、夫に理解してもらうのがいちばんの難所でした。

 

夫と私は正反対だからこそ、うまくいっていることがたくさんあるものの、逆に、あまりにも考え方、やり方が違い過ぎて衝突することもしょっちゅう。夫は石橋を叩いても渡らないスタイル、私は石橋を叩いて渡るというか、叩いて叩き壊して、あーあ、壊れて渡れなくなっちゃったょ。で、壊れてもどうにかして渡るスタイル。

 

夫から OK が出た後も何かと渋る彼に申し訳ないと思いつつも、後ろめたい気持ちを持って行ったって、いいことなんてない、と 1人で行かせてもらうことに感謝して、出発前は早くから家のあれこれ、できることをできる限りやって、1週間不在にしても大丈夫なようにして準備を進めました。

 

この夫と娘に留守番をお願いして、南インドひとり旅へ行くと決めたことは、大きな変化をポジティブに生み出す最初のステップとなりました。

 

私は母親だから、妻だから、家にいて、家のこと、家族のことをしないといけない。子供のいる母親が家族を置いて 1人で旅に出るなんてあり得ない、とか。多くの人が持っているであろう常識 (?) これを常識と言うかも疑問だけれど。それでも多くの男性がそう考える面が大きいだろうし、何よりも女性は自分自身が、こうでなければいけないと、自分で自分に制限をかけている面が大きいと思うのです。私自身にも少なからずあるそんな考え。そんな常識に縛られた箱の鍵を開ける、これは大きな進歩でした。

 

今年は年明けに、今年の一文字として「開」を選んだこともあり、自分で選んだ「開」が様々な面で、実践して動き出しているのを実感していることも力になりました。

 

そんなこんなで、南インドへの出発はスムーズだったわけでなく、何年もの時を経てようやくタイミングが熟し、娘の学校の予定、夫の仕事の予定、私自身の予定、その他諸々のすべての条件が整ってのことでした。

 

*

 

インドは 2度目だけれど、最初に行ったのは若い頃 20代のときで、かれこれ 25年以上ぶり。今回インド初めてと同じようなもの。最初のインドは北で、あまり良い想い出はなく、お腹を壊したし、インドは汚いところ、の印象がいちばん強く残っていました。インドは好きか嫌いかのどっちか、中立な感情はないとよく言われますが、幸いにも (?) 最初のインドでインドが嫌いになった感情はありませんでした。

 

最初のインドから 25年の時を経て、再び自分で行くと決めたインドの旅。今回の南インドの旅で、自分の心の扉を「開」けることをテーマにしました。

 

心のあり方を変えることで、見える世界が大きく変わることを体感する旅となりました。日常と異なる環境に身を置き、心を開いて、そこに見える景色、感じる空気、出会う人々、体験の数々を、自分が持っている常識やフィルターを解き放って、ありのままに見る。この旅でいちばん意識したことは目に見えることでジャッジしない、見えないところにある光を見る。

 

そうすると、世界がまったく違って見えました。インドは雑多、汚い、怖い、危ない、カオス、衛生状態もまだまだ良くない、日常生活のあらゆる所で見られる貧困…。現実はほんとうにそうでもあり、そうでもなかった。ネガティブに受け取られる面は大いにありましたが、でもそれだけではなかったし、そこにどういうフィルターをかけて世界を見るかで、世界はこんなにも違って、美しい。人間として本質的に大切なシンプルなことを改めて体感し、深める旅でした。

 

旅の間、臆せず現地の方にたくさん話しかけました。他愛もないその場その場での会話の内容を想い出せるぐらい、いっぱい話していっぱい写真に収めました。現地の方々からも、街を歩いているとあらゆる所で声をかけてくれることが本当に多かったです。南インドの人たちがこんなにも温厚で、人懐こく、親切だと知らなかったので、ほんとうに驚きと感動の連続でした。    

 

 

 

 

 

 

6日間で、タミルナドゥの 3ヶ所を訪れました。ポンディシェリ、マハバリプラム、チェンナイ。5話ぐらいで書きたいこと全部まとめられるといいなぁと思っていますが、書き始めてみないとどんな風になるか自分でも分からず。旅で体験したエッセンスを今週、来週いっぱいぐらいを期限にして、これから綴っていきます。(* 状況に応じてこのタイミングで書いておきたいっていう出来事があれば、シンガポールの日常に関する記事を、旅行記の間にはさむことがあるかもしれません。)

  

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