Life is beautiful ~ 愛と哀しみのなかから学んだこと

複雑な 1週間 でした。

 

先週末、義理兄が亡くなりました。夫の2番目のお姉さんのご主人なので、本来、義理兄とは呼ばないのかもしれませんが、親族間でなんと呼ぶかは人それぞれの関係性によっても違うと思います。私にとっては夫の姉同様、兄でした。

 

胆管がんだったのですが、がんの中でもすい臓がんと並んで治りにくいがん。サーキットブレイカー中に病状が悪化して、今年いっぱいもつかどうかと聞いていたものの、自宅で生活できていたので、そんなに早くとは誰も思っていませんでした。

 

シンガポールでは華人に限らず、マレー系のご家族も、インド系のご家族も、家族で大人数で集まることはごく普通の日常のことで、夫家族も我が家も同じく、ほぼ毎週1回は家族皆で集まります。

 

その時々によって、姉家族が来なかったり、兄家族が来なかったり、甥っ子、姪っ子、もう大きい子どもたちも多く、親だけだったり。 人数が多いのでなかなか全員が揃うことはないのですが、家族が集まれば全員がリビングルームには入り切れないのでリビング、ダイニング、コモンルーム(たまにもう1つコモンルーム)と思い思いに別れてお喋りします。

 

そんな一家団欒もコロナの影響でサーキットブレイカーとフェーズ 1 が終わるまではできる状況になく。もちろんフェーズ 2 の今も人数制限があるので、家族全員では集まれず、1家族ずつ行き来するような状況です。そんな状況で、ようやく姉の家に訪れたのはフェーズ 2 になった 6月後半のこと。2ヶ月半ほど会わなかったうちに兄はすっかり痩せてしまい、何キロ落ちたのと聞くと 20kg と。でも顔色も悪くなく元気そうだったのです。

 

そして誰も予想しない状況で容態が急変してからあまりにも早かった。

 

一連の式を行い、今日告別式まで無事終えました。

 

 

こんな時、姉の哀しみを共有する力になりたいと思っても、できることなどなく無力なことを感じました。

 

3日間のお通夜は辛くて哀しい日が続きましたが、最終日 告別式の日は哀しみはありつつもエネルギー(そこに流れる空気感)が変わっていくのを感じ、全てが終わって空になった会場の HDB 階下ヴォイドデッキに戻ってきて、遅い昼食を待っている間、私は姉に伝えたいと思ったことを勇気を出して伝えました。

 

Life is beautiful, although there is pain.

 

お通夜の時に僧侶の方からも似たようなお話があったのですが、今は哀しんでもいい、でも葬儀が終わったら家族は自分を取り戻すこと、日常に戻ること、元気を取り戻すこと、といった言葉をいただきました。

 

姉のことを想うと、胸が引き裂かれるような痛みをどうすることもできず、この痛みはもう当人にしか判らないでしょうから、わかるよなんて言うつもりはないけれど。でも私は姉にこれからまだ長い人生、希望に満ち溢れ、笑いの溢れる人生を送ってほしいと願ってどうしても伝えたかったことでした。

 

ちゃんと伝えられたのと、姉が強く同意してくれたので安心しました。

 

兄はちょっと早い死だったけれど、生きるって長く生きることだけが重要ではないことを学び、若かったから残念(もちろんそういう気持ちがあるのも当たり前)なんて思う必要もなく、人それぞれ命を全うする意味があることを教えてもらいました。

 

哀しみはとても辛いことだけれど、そこに愛がなければ哀しむこともない。哀しみと愛は全く別物のような気がするけれど、そうではなく、哀しみと共にある溢れて止まらない愛のエネルギーを感じる学びでもありました。

 

帰る前、姉から家族全員に渡されたもの。オレンジ2つとアンパオ。お葬式の終わりにおめでたい意味のあるものを贈ることにとても驚いたのですが、哀しい事はここまでだから、日常に戻ってがありますように、たくさんの恵みがありますようにという気持ちを込めて、オレンジとアンパオを手渡すのが一般的なんだと知りました。

 

兄が亡くなってから、私は家族の中では、哀しむよりも励ます立場だと思って、できる限りいつもと変わらないようにして過ごしていたのですが、姉夫婦と夫の家族の皆から受け取った学びを前進する力に代えて、また明日からの生きる力にしていこうと思います。

 

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イラスト提供 Instagram @singapolah

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