陥落前の激戦地パシパンジャンの戦い ~ 日本軍との戦いによる悲しい歴史

日本軍がシンガポールに上陸してから激戦地となったのは、初めにブキティマ。

 

ブキティマヒルはシンガポールで一番高い場所ですが、それは当時も同じでした。見晴らしが良く、幹線道路を見渡せる高地を制することは戦略的に重要で、日本軍は 1942年2月8日シンガポールに上陸した後、翌日 2月9日には テンガ空軍基地を攻略、2月11日には次いでブキティマも攻略しました。

 

今日はブキティマの激戦ではなく、もう 1つの激戦地 パシパンジャンの戦いについて触れていきます。

 

 

陥落前の激戦地、パシパンジャンの戦い

 

パシパンジャンの戦い。場所は Kent Ridge Park 一帯の小高い緑地。(下の地図の赤く囲んだエリア一帯) Vivo City の方からサザンリッジを通って、ホルトパーク、西側は NUS 付近まで。ジョギング、ウォーキングでこの辺りに行かれたことがある方も多いと思います。サークルライン、パシパンジャン駅の裏手内陸側になります。

 

 

パシパンジャンの激戦は 1942年2月13日~14日のこと。2月15日 シンガポール陥落前の 48時間の激戦で、日本軍、連合軍と最後の攻防戦がありました。

 

パシパンジャンの戦いの記念碑が Kent Ridge Park 内の高台にあります。海側のウェストコーストから丘に向かっていくと、かなり急な登り坂。

 

 

<記念碑より>

『シンガポールの最後の攻防戦のひとつがこの丘で繰り広げられた。1942年2月13日、日本軍第18師団はここを守備する第1マレー連隊、英国第2砲兵連帯、第44インド人旅団を攻撃した。

マレー連隊は 48時間にわたり陣地を死守した。最後の生き残りとなったマレー連隊 C中隊の数人が持ち場を放棄したのは全滅の直前であった。』

 

高台で海がよく見え気持ちの良い場所です。海を眺めつつ、過去の戦いに想いを馳せ、この辺りで起きた日本軍による残虐な行為のことを思うと、なんとも複雑な気持ちになります。

 

ブキチャンドゥ回想館

 

パシパンジャンの戦い記念碑の裏手から続く遊歩道を歩いて 1km 程の所に Reflections at Bukit Chandu (ブキチャンドゥ戦史展示館) があります。シンガポール観光局では Reflections at Bukit Chandu を日本語でブキチャンドゥ回想館としています。直訳で間違ってはいないのですが「ブキチャンドゥ回想館」と聞いてもどんな展示館か分かりにくいので、もうちょっと意訳的な名前の方がしっくりくるのでは…と思います。

 

ブラック & ホワイトのバンガローを展示館にしたもので、ブキチャンドゥの戦いに関する部分のみにフォーカスした展示。ブキチャンドゥは opium hill アヘンの丘の意味で、パシパンジャンの戦いの中でも最後の最後まで日本軍に抵抗し、自分たちの土地を守ろうとしたマレー人兵士の勇敢さ、不屈の精神を英雄としてたたえる展示です。この戦いで日本軍はマレー人兵士に残虐的な行為を行いました。

 

■ Adnan アドゥナン中尉の戦いへの献身と日本軍による残虐な行為

 

パシパンジャンの戦いで最後の最後まで戦い英雄とされているマレー人兵士 Adnan アドゥナン中尉について。

 

1942年2月13日。パシパンジャン村に配備していたマレー連隊を率いるアドゥナン中尉とその部隊 42人の兵士は更に攻めてくる日本軍の進撃を阻止しましたが、その日の真夜中、ブキチャンドゥ丘の頂上へ後退するように上官に命ぜられました。そして攻撃から守ることができるよう、丘の周りに土嚢を積んで壁を作りました。

 

2月14日午後。日本軍兵士はターバンを着用してインド人兵士に見せかけてブキチャンドゥへ現れましたが、アドゥナン中尉は日本軍だと察知し、そこで両軍の激しい銃撃戦になります。マレー連隊の兵士たちは逃げずに撃ち続けました。銃が熱くなり過ぎて持っていられなくなるぐらいに銃撃し続けました。そして銃弾がなくなった後は銃剣と素手で日本軍に突撃して戦い続けました。

 

アドゥナン中尉も日本軍に激しく抵抗しましたが、かろうじて生きているぐらい受けた傷が致命的となり、もう戦えなくなると、日本軍の兵士は軍服を脱いで降伏するように求めました。兵士にとってそんな屈辱的な行為は受け入れられるはずがなく降伏を拒否すると、日本軍兵士は激怒して、アドゥナン中尉を引きずって足を結んで逆さまに木に吊るし、銃で撃ち、体をめった刺しにして、最後には火をつけて燃やしてしまいます。

 

シンガポールで戦って亡くなった兵士は、クランジ戦没者墓地に埋葬されていますが、アドゥナン中尉の遺体 (お墓) はなく、戦没者の名前がいっぱいに刻まれたクランジの丘の壁に名前だけが残っています。

 

日本人にとってはとても心が重くなるものですが、多くの方もご存じの通りシンガポールの戦史に関する展示は淡々と事実を述べるものであり、日本を非難するような内容ではありません。1人でも多くの方に見て感じてほしいと思います。

 

Reflections at Bukit Chandu にある激戦を戦ったマレー部隊を讃える像

 

Reflections at Bukit Chandu

Reflections at Bukit Chandu (英語サイト)
ブキチャンドゥ回想館 (観光局による日本語ページ)

ブキチャンドゥ回想館は 2018年10月から長らく閉鎖していますが、今年中盤頃には再オープンの見込み。私は再オープンしたら再び訪れたいと思っている場所のひとつです。

 

 

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イラスト提供 Instagram @singapolah

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